網走市歴史年表
昭和31年(1956)

1956. 1. 1原子力委員会発足
1956. 1. 5網走水族館設置発起人会設立
1956. 1. 7湧網線レールバスの臨時運転ダイヤ決まる
1956. 1. 71月分世帯用米の配給始まる、内地精米9日、5等米2日、準内地米2日、希望配給内地精米又は外地米3日
1956. 1. 8俳誌『あしかび』同人山岸巨狼(拓銀網走支店次長)歓迎句会開く
1956. 1.15常呂町日吉針田鉱業(株)の国力鉱山事務所全焼、損害額210万円
1956. 1.16南極観測隊機動班が網走湖上で雪上飛行整備部門の訓練始まる
1956. 1.16南極探検隊総合訓練網走後援会設立、会長有末三郎網走市長
1956. 1.18市労協は北海道分県反対運動網走市協議会結成
1956. 1.20市は失対就労者の激増で輪番就労制実施
1956. 1.23南極観測隊機動班が網走湖から涛沸湖へ移動、上田弘之博士ほか本隊の前班網走入り
1956. 1.25南極観測隊長永田武、同副隊長西堀栄三郎ら一行網走入り、涛沸湖の結氷上で「南極の家」建設、総合耐寒訓練始まる(2月14日終る、見学者1万人)
1956. 1.25湧網線レールバスが本ダイヤで運行
1956. 1.26臨時市議会で北海道市町村備荒組合加入、中央マーケット(南5西1)の廃止など決める
1956. 1.27北見市に芝浦製糖(株)の製糖工場新設、日本甜菜製糖(株)の網走支庁管内製糖工場増設計画にホクレンが参入し製糖工場誘致問題再燃
1956. 1.27北海道開発庁白波瀬政務次官一行来網
1956. 2. 1有末網走市長、網走市の地方財政再建法適用を検討
1956. 2. 1自動車損害賠償責任保険法(自賠責制度)施行
1956. 2. 4巡視船「宗谷」の洋上耐寒訓練、オホーツク海で始まる
1956. 2. 4北海道果樹協会網走支部設立、支部長上林貞輝
1956. 2. 5南極観測隊地震班、涛沸湖で人工地震実験
1956. 2. 5耐氷訓練のため根室港を出航した巡視船「とかち」、知床沖で流氷に阻まれ帰港
1956. 2. 6自民党同開発特別委員会が北海道分県案(五県)を発表、第五県の範囲は網走、北見、紋別三市の区域と網走・根室の両支庁管内、釧路支庁管内のうち厚岸郡
1956. 2. 6南極観測隊後班の力武常次(地震研究所)一行10名網走入り
1956. 2. 7網走市・東藻琴村合併問題懇談会を網走支庁で開く、両者に積極性なし
1956. 2.11網走市は失業対策事業の輪番就労制を20日まで臨時に解除
1956. 2.11東藻琴村開基50周年、開村10年記念式典挙行
1956. 2.12北教組網走支部年次大会で新役員選出、執行委員長中浦正(西小)
1956. 2.15網走水族館設立期成会結成、会長有末網走市長
1956. 2.15南極観測隊総合耐寒訓練が終わり永田武隊長が講演
1956. 2.15西網走漁協総会、組合長に山本長作選出
1956. 2.17カムチャツカ出漁独航船の許可船発表、網走関係では東部海域12隻、西部海域9隻
1956. 2.17南4西4網走第一石炭(株)に破産宣告
1956. 2.23網走支庁管内(三市を含む)の31年度自作農維持創設資金の借り入れ希望額5億7千万円
1956. 2.24鉄道建設審議会は根室線(斜里〜根室標津)の31年度着工決める
1956. 3. 1網走報話局長異動、退職佐々木多計夫、後任大泉辰雄
1956. 3. 5網走市役所職員組合(大西勇委員長)で臨時大会、地方財政再建法の適用に反対し自主再建を決議
1956. 3. 6網走沖北方50Kmの海底を震源とする地震発生、網走、北見、紋別ともに震度3の弱震
1956. 3. 7日本甜菜製糖(株)の河辺磯分内工場長来網、網走支庁管内における同社の製糖工場増設地は美幌町が第一候補と発表
1956. 3. 8網走市議会開会、川向地区の鉄道苗圃用地払い下げ仮契約を了承
1956. 3.10網走市議会全員協議会で有末市長が市財政の自主再建を表明
1956. 3.12定置網漁業権第2次切り替えによるサケ定置漁場計画告示、網走東部海区は46ケ統
1956. 3.12網走市港湾整備期成会は北洋仲積船陸揚げ対策にと日魯漁業網走工場前に桟橋設置を決める
1956. 3.15自民党の小選挙区割最終案決まる、網走区は網走市、斜里町、清里町、小清水町、根室市、和田村、歯舞村、別海村、中標津町、標津村、羅臼村の区域で有権者数は170,868人
1956. 3.15網走市議会で新年度予算可決
1956. 3.15網走市国民健康保険組合議員選挙、無投票で当選者34名決まる
1956. 3.18網走郵便局開局80周年記念式
1956. 3.18湧別町で網走支庁管内漁村危機突破漁民大会開く
1956. 3.20日ソ交渉第23回会談、領土問題でゆきづまり、以後無期限休会
1956. 3.21自由民主党網走支部結成大会、支部長に内藤忠三郎、幹事長に木下弥三吉選出
1956. 3.23向陽高校を会場に全道新生活運動協議会開く
1956. 3.23網走保健所運営協議会の新役員、会長有末三郎
1956. 3.24網走税務署は30年度高額所得者上位10名を発表、1位は内藤忠三郎で7位まで漁業者
1956. 3.27北田市助役は旭川鉄道管理局長と鉄道用地交換仮契約書に調印
1956. 3.28網走税務署は30年度法人確定申告上位10社発表、1位は丸玉木材(津別町)、2位に網走信用金庫
1956. 3.29網走市清掃協力会設立、会長阿部源治
1956. 3.30学校給食法改正(中学校へも適用を拡大)
1956. 3.30網走市有土地処分協議会は売却計画を審議
1956. 3.31第1期北海道総合開発第1次5ヵ年計画終る(777億円投入)
1956. 3.31サケ定置漁場免許申請受付終了、網走東部、中部、西部三海区117カ統に対し申請は208カ統
1956. 4. 1医薬分業制度実施
1956. 4. 1北洋漁業危機突破網走市民大会開く
1956. 4. 1外国産米が自由販売となる
1956. 4. 1水族館建設委員会は施設の名称を決める、水族館名を「オホーツク水族館」に、付帯遊園地名は「網走後楽園」
1956. 4. 3網走港内河口の結氷厚く出漁できず美幌駐屯自衛隊が爆破、3日間作業継続
1956. 4. 5自民党臨時大会で初代総裁に鳩山一郎選出
1956. 4. 6網走港根拠の漁船一斉出漁、うち5隻帰港初水揚げ、港外に流氷再来し戻れなかった漁船は紋別港へ回避
1956. 4. 7網走支庁管内の造林、昨年度で4,300町歩を突破し全道一の実績
1956. 4. 7自民党網走支部で青年部結成、部長石栗順吉、幹事長大場信吾
1956. 4. 9網走市職員組合で役員改選、執行委員長大西勇(前)
1956. 4.10北洋サケマス独航船許可、網走支庁管内で26隻、網走は11隻
1956. 4.10国鉄釧網線の駅名改称、清里駅(旧上斜里駅)、札弦(さっつる)駅(旧札鶴駅)、緑駅(旧上札鶴駅)
1956. 4.10自民党西網走支部結成、支部長今谷雄吉
1956. 4.10オホーツク海の毛ガニ漁、出漁許可船187隻で漁獲目標は26万8,000貫に決まる
1956. 4.11日本中小企業政治連盟結成、総裁鮎川義介
1956. 4.11網走沖合の流氷が去りようやく水路開く、港内結氷と流氷再来による出漁1ヶ月遅れで逸失水揚高5億5,000万円と推定
1956. 4.14網走市農業推進協議会で新農村建設五カ年計画を協議
1956. 4.15参議院議員木村喜八郎来網、国会報告演説会開く
1956. 4.15俳誌『アカシア』主宰土岐錬太郎歓迎俳句大会労働会館で開く
1956. 4.16向陽高校長異動、福島重美校長は札幌南高へ、後任校長は永山保夫
1956. 4.1715日からの降雨と雪解け水で能取湖増水し田畑冠水800町歩、湖口開削
1956. 4.20網走仏教会設立、会長林好次
1956. 4.23網走支庁管内総合開発期成会総会
1956. 4.23網走土木現業所人事異動、吉田了忠所長は帯広へ、後任白川秀一
1956. 4.24網走交通安全協会で役員改選、会長石栗順吉、運転試験場運営委員長池端武夫
1956. 4.25北1西1の網走川河畔に網走化学飼料(株)工場完成落成式
1956. 4.26日本甜菜製糖の工場新設地、美幌町にきまる
1956. 4.29河野一郎農相ら、モスクワで日ソ漁業交渉始まる
1956. 5. 1網走市船員休療所、旧国保跡に開所
1956. 5. 2網走商工会議所を会場に網走支庁管内30年度各種共励会褒賞記念大会開く
1956. 5. 2自由党浦士別支部結成、支部長山本虎蔵
1956. 5. 8網走市国民健康保険組合議員会で新役員選出、議長増田軍治(前)
1956. 5.11北海道開発公庫発足
1956. 5.11網走地方に強風、市内の被害面積3.700町歩、損害額1億円
1956. 5.11網走市観光協会で新役員選出、会長有末三郎
1956. 5.12農業改良資金助成法公布
1956. 5.12網走市部落駐在員制度改正打合会議、部落会長を区長と改称
1956. 5.14日ソ漁業条約、海難救助協定、31年度出漁暫定取り決めなど調印
1956. 5.16網走市連合PTA役員改選、会長窪田茂人
1956. 5.17斜里郡ビート耕作者農民大会で日本甜菜製糖の美幌工場建設に反対
1956. 5.18北教組網走支部は教育二法案反対抗議集会開く
1956. 5.20網走支庁管内から西カムチャツカ出漁独航船は10隻と決まる
1956. 5.20国鉄函館〜網走間に3等寝台車増結
1956. 5.21市は4年間で赤字解消を内容とする財政再建特別財源計画書を市議会に提出
1956. 5.21網走支庁管内5月風害対策委員会は被害戸数6,500戸、推算減収額1億9,200万円と発表
1956. 5.22中小企業振興資金助成法公布
1956. 5.22網走支庁管内水産振興会議開く
1956. 5.23日ソ漁業早期復交市民大会開く
1956. 5.23市教委は教育白書発表、短大設置、学校の統廃合計画を示す
1956. 5.24売春防止法公布、市内南3条通り(旧遊廓界隈)の赤線地帯で業者転廃業
1956. 5.24網走信用金庫役員会、理事長遠藤熊吉ほか再選
1956. 5.24網走食品協会網走市部会、部会長阿川二郎選出
1956. 5.25網走化学飼料(株)工場操業始まる
1956. 5.25網走支庁管内農地交換分合5周年記念式挙行、2万600町歩達成
1956. 5.28網走市議会は市財政の自主再建案を承認
1956. 5.29網走市有財産処理特別委員会設置
1956. 5.29網走市青少年問題対策協議会設置、会長東出重蔵
1956. 6. 1オホーツク水族館開館、館長南部正(前市助役)
1956. 6. 1国鉄夏ダイヤで函館〜網走間に準急行新設
1956. 6. 1北1東1に「みずほ幼稚園」開園
1956. 6. 1網走市工営部長大島光雄退職
1956. 6. 1女満別空港開き、当分の間毎週火・木・土・日の各曜日に運航
1956. 6. 2北日本航空のダグラスDC3型機「阿寒号」、札幌〜女満別間初飛行
1956. 6. 3北見地区高等学校文化連盟設立、理事長町野勉南ケ丘高校長
1956. 6. 5涛沸原生花園保勝会で同公園の管理人2名配置
1956. 6. 6今年度前期分自作農維持創設資金の網走支庁管内配分額2,750万円に決まる
1956. 6. 6市開拓農協総会で欠員理事補充
1956. 6. 9網走市、駐在員制度を改め区長制とする
1956. 6. 9西網走農民同盟で新役員選出、委員長鬼塚勝、書記長床鍋繁則
1956. 6.125月強風による網走支庁管内の被害面積41,479町歩、被害総額18億3,675万円
1956. 6.12一中図書館落成式
1956. 6.14郷土観光土産品推奨会開く
1956. 6.15第84回臨時市議会で鉄道用地交換契約など可決
1956. 6.16北浜公民館第1期工事完成
1956. 6.17網走変電所新築工事落成
1956. 6.18浦士別消防分団発令式
1956. 6.20農林省、北見と斜網地区にビート糖工場新設を決定
1956. 6.22芝浦精糖、工場新設地を北見市に決定
1956. 6.24市農協組合長遊佐幸吉辞任、後任松山恒雄
1956. 6.25市有地のうち北4西5の10,516坪(旧鉄道苗圃用地)と南4西4の1,255坪(旧鉄道官舎跡地)の売り払いを公告
1956. 6.26北田市助役、旭鉄局長と鉄道用地交換契約書に正式調印
1956. 6.29涛沸原生花園に休憩舎完成
1956. 6.30新教育委員会法公布(公選制を任命制に改める、10月1日施行)
1956. 6.30新市町村建設促進法公布
1956. 6.30日魯工場前の岸壁に北洋仲積船桟橋完成
1956. 6.30網走支庁管内の乳牛6月末で1万1,000頭突破
1956. 7. 8第4回参議院議員選挙、北海道地方区当選苫米地英俊、大矢正、東隆、西田信一
1956. 7.11網走教員養成所に教科書センター開設
1956. 7.13本年度のオホーツク海サンマ漁の管内着業予定船258隻、管外入り会い船228隻
1956. 7.15市営海水浴場が5年ぶりにポンモイ海岸から川向(モヨロ浜)に戻り浜開き式
1956. 7.15向陽高校グランドで全国高校野球北見地区予選、興部高初優勝
1956. 7.20網走観光協会で「流氷あめ」発売
1956. 7.20網走市連合青年団が青年団体協議会として新発足
1956. 7.21大相撲横綱吉葉山一行来網桂ガ岡グランドで興行
1956. 7.22労働会館で朝鮮中央芸術団公演
1956. 7.24網走市立図書館運営委員会は来年度館舎新築を市に要請
1956. 7.25小清水営林署庁舎新築落成式
1956. 7.28網走商工会議所は本年の「港まつり」を中止と決める
1956. 7.29引揚者団体連合会網走支部結成大会、会長国安正男
1956. 8. 1網走観光協会の駅前観光案内所落成、店びらき
1956. 8. 2南5西2に市内で5館目となる網走映画劇場(代表転石格次郎)開館
1956. 8. 6明治・向陽地区の農地交換分合受渡式
1956. 8. 7駐札アメリカ領事館スウエイン領事来網
1956. 8. 9網走支庁管内農家負債整理貸先委員会設置
1956. 8. 9西小、二中の校舎増築工事完成落成式挙行
1956. 8.10網走東部海区漁業調整委員選挙で10名当選者決まる、網走から木村権作ほか6名当選
1956. 8.11衆議院国土総合開発特別委員会広川弘禅委員長一行来網
1956. 8.12労働会館で週刊朝日文化講演会、講師中野好夫、永井龍男、伊藤整
1956. 8.12桂ガ岡グランドで東北・北海道自転車競技会開く
1956. 8.15武田武久網走刑務所長は高知へ転任、後任森川照雄
1956. 8.16瀬戸三良網走駅長は旭鉄局へ転任、後任平川健三
1956. 8.1917日からの豪雨で網走支庁管内の田畑冠水2,500町歩
1956. 8.20市営球場で国体軟式野球北海道大会決勝戦、函館営林署チーム優勝
1956. 8.21網走高等技芸学校評議員会は学校法人網走家政高等学校の設立を決める
1956. 8.22道立向陽ケ丘病院増築工事落成祝賀会挙行
1956. 8.23市内四農協管下の作況調査、作況指数60で2億7,000万円減収の予想
1956. 8.249月30日の促進法失効を前に網走支庁で町村合併協議会開く
1956. 8.25網走支庁管内農業災害対策委員会設置、農家負債整理資金の網走支庁管内貸付枠4億500万円決まる(10月2日配分)
1956. 8.25遠軽町で第一回網走支庁地区社会福祉大会、功労者表彰
1956. 8.26南ヶ丘高グランドで第2回全日本中学校放送陸上競技網走大会
1956. 8.28ミシガン大学バンク博士夫妻、北大教授児玉博士らによる白滝・置戸遺跡発掘調査始まる
1956. 8.29網走支庁は本年の作況指数42、減収見込み59億6,903万円と発表
1956. 8.30網走市災害対策協議会設置
1956. 9. 1農作物の作況さらに悪化、網走支庁管内作況指数39.5、減収見込み70億円に増える
1956. 9. 1網走市で人事異動、産業部長兼農政課長町田耕三(税務課長)、工営部長心得庄田剛(総務課長)
1956. 9. 6道議会農務・民生常任委員一行、支庁管内作況調査のため来網
1956. 9. 9網走競馬クラブが5年ぶりに駒場で挽曳競馬会開く
1956. 9. 9クラーク博士(札幌農学校教頭クラーク博士の孫)夫妻来網
1956. 9.10オホーツク海のホタテ漁終了、水揚げ86万2,000貫
1956. 9.10市議会農政常任委員一行、市内農作物の作況調査
1956. 9.10石栗与吉さん(網走製氷(株)社長)死去、順吉さんが二代目与吉襲名
1956. 9.12オホーツク海のサンマ棒受網漁業解禁
1956. 9.13ポンモイ浜にコンブ礁5千個投置、26年以来5万個に達する
1956. 9.14知事選任海区漁業調整委員決まる、東部海区では公益代表に市助役北田堅吉、学識経験者として山田道雄
1956. 9.15網走支庁は管内の最終作況発表、作況指数37.8、減収72億7,801万6千円
1956. 9.16田中知事、管内凶作地帯視察
1956. 9.16網走女声合唱団(27年10月結成)に男声が加わり網走放送合唱団(飯塚国雄代表・網走放送所内)が誕生
1956. 9.17農林省は斜網・北見・遠軽の3地区を集約酪農地域に指定、乳牛割り当て1,259頭
1956. 9.19管内漁業海区調整委員の役員決まる、東部海区の会長北田堅吉市助役、また北海道海区委員に赤木寅一(東部・斜里町ウトロ)
1956. 9.19中秋の名月で天都山頂に観月バス2台運行、200名余参加
1956. 9.20自民党、日ソ交渉の党議決定(在留邦人即時釈放、歯舞・色丹の返還など)
1956. 9.20第86回市議会正副常任委員長互選、総務月岡敬一、古田朝一、文教窪田茂人、渡辺賀子、産業高政雄、岡田由太郎、工営鈴木芳春、広川六治郎
1956. 9.21向陽高校・二中を会場に教育研究大会網走市集会始まる
1956. 9.23南8東4遠州屋精米所から出火、家屋1棟113坪全焼し隣接する「松の湯」の住宅と浴場を半焼、損害額270万円
1956. 9.23第2回NHK北見〜網走間駅伝競走で一般は置戸林友、高校北見柏陽Aが優勝
1956. 9.27網走市教育委員任命、大島光雄(64・無職)、小南邦雄(48・西小校長)、山田稔人(47・北浜郵便局長)、内藤輝(44・会社役員)、林清子(33・教会牧師夫人)
1956. 9.27社会党網走支部は和田博雄代議士を迎え凶作問題座談会開く
1956. 9.27財団法人オホーツク水族館の理事長に林好次決まる
1956. 9.28網走子どもを守る会で児童文学講演会開く、講師は詩人のたつみ聖歌、作家平塚武二、翻訳家福井研介
1956. 9.29東藻琴村議会は網走市との合併に反対決議
1956. 9.30北見市と相内村、佐呂間町と若佐村が合併
1956. 9.30唐笠何蝶の句碑藻琴山頂で除幕式、「海の鷹 樹海の鷹となりにけり」
1956. 9.30第3回金栗杯マラソンで置戸林友幸山邦隆選手優勝
1956.10. 1任命制初の網走市教育委員会、委員長に大島光雄、教育長に小南邦雄選任
1956.10. 1道教委網走事務局は管内小中学校児童生徒のうち生活保護適用家庭にあるもの26,894人と発表
1956.10. 3網走支庁管内の農家負債整理資金配分、網走市は3,500万円
1956.10. 4国有林冷害対策事業として北見営林局管内で1億6,000万円配分(のちに3,500万円追加)
1956.10. 5河野広道を講師に緑町遺跡で埋蔵文化財調査実地指導講習会開く
1956.10. 6網走支庁管内冷害対策用種モミ・雑穀種子需給協議会開く
1956.10. 8網走水産試験場は厚岸産オゴノリ200貫を涛沸・能取両湖に移植試験
1956.10.10網走市災害対策委員会設置
1956.10.11参議院農林委員一行支庁管内の冷凶害地帯視察
1956.10.15北連のビート糖工場新設地、斜里町中斜里に決まる
1956.10.17観光振興の功労者淺利栄一さん(「網走湖荘」創業者)死去
1956.10.18南ヶ丘高図書館落成式
1956.10.19日ソ国交回復に関する共同宣言に調印
1956.10.19高崎農相代理支庁管内の冷害地帯視察
1956.10.20CAC(国際キリスト教奉仕団など三団体)は冷害対策としてカリフォルニア米2,748袋(45Kg入り)を配分
1956.10.20市労協定期大会で役員改選、議長間作良和(日本通運労組)
1956.10.21北8西2牛渡正さん所有若潮丸(4t)が市営海水浴場付近で操業中転覆、乗組員3人救助、船主は行方不明(24日水死体で発見)
1956.10.24網走橋上流(網走橋〜新橋間)の港湾指定認可される
1956.10.25網走市豊郷第6農事組合に北海道新聞文化賞(産業経済賞)
1956.10.26市農協に再建整備特別措置法適用
1956.10.27旧裁判所跡地(南5東3)に網走電報電話局の局舎建設決まる
1956.10.30天都山頂に北海道放送(HBC)網走放送所落成、開局式
1956.10.31網走市川口治男水道課長退職
1956.10.31西小校長角田岩男、北浜小中校長西海忠雄発令
1956.11. 1道水産部は小型機船底引網漁業取締対策要綱発表
1956.11. 2潮画会で第8回秋季展覧会開く
1956.11. 424年度以降の市内未帰還拿捕漁船は4隻、乗組員12名と判明
1956.11. 7冬ニシン沖刺網の試験操業、網走支庁管内に許可内定
1956.11. 7有畜農業創設資金の乳牛配分、網走支庁管内は630頭に決まる
1956.11. 8南極予備観測隊(永田武隊長)の観測船「宗谷」東京港を出航
1956.11. 8冷害農家救援のため市労協が街頭募金
1956.11.10網走支庁は9月末の農家売掛金総額23億9,600円と発表
1956.11.12北見地区農民同盟(天谷平信委員長)は農業所得税の滞納整理につき網走税務署に善処を要請
1956.11.12市は働く年少者の集いを開き優良勤労少年を表彰
1956.11.13網走市冷害農民救援運動協議会発足
1956.11.13網走市役所清掃係長淀瀬米蔵さんが厚生大臣表彰受ける
1956.11.14道道北見〜網走線(旧中央道路)改良工事、本年度分完了
1956.11.15網走新聞社は市内商店の協力により冷害農民救援運動展開始める
1956.11.15市労協が「生活と権利と国土を守る市民大会」開く
1956.11.15水産振興功労者井筒宇三郎さん(84)死去
1956.11.16網走地区農業業振興会議は水稲中心政策からの転換を要望
1956.11.16釧路街道商店街有志が「緑商店会」(会員33名)結成
1956.11.17網小第三代校長合田綾一胸像除幕式(網小校庭)
1956.11.21網走支庁地区冷害農民救済運動協議会設立(会長中沢山五郎支庁地区社協会長)
1956.11.23網走カトリック教会献堂式
1956.11.26斜網集約酪農地区協議会設立
1956.11.27網走市農村青少年クラブ秋季技術交換会と実績発表大会
1956.11.29日ソ漁業会談終る
1956.11.30道教委網走事務局は教科書購入不能の小中学生が管内で3万5,400名と発表
1956.11.30網走市観光係は本年観光客の入り込み数20万5,905人と発表
1956.12. 1南4西1の赤川魚店(赤川吉松さん経営)から出火、2階建て100坪の店舗兼住宅半焼、損害1,500万円
1956.12. 1知事権限59項目を支庁長に委譲
1956.12. 1網走青年会議所臨時総会で役員改選、理事長藤山要吉
1956.12. 3古都儀一さん所有第1金洋丸(49t)が網走港赤灯台のケーソンに衝突し沈没、乗組員全員救助
1956.12. 5第87回市議会開会、公益質屋条例可決
1956.12. 8集団感冒猛威、網小・西小臨時休校
1956.12. 8網走支庁管内初の冬ニシン沖刺し網漁試験操業始まる
1956.12.10斜網集酪地区協議会発足、会長有末網走市長
1956.12.10南7東2薬種業大倉徳治さん方から出火し全焼、隣接する電設社倉庫半焼
1956.12.10網走支庁管内の救農事業、労務費5億2,800万円で始まる
1956.12.10網走支庁水産課は管内31年の総漁獲高4,218万1千貫(前年比82.5%)、金額26億5,659万7千円(同87%)と発表
1956.12.10集団感冒蔓延、中央小も臨時休校
1956.12.10網走スケート協会総会、会長柴田誠一、理事長阿部信選任
1956.12.12網走支庁管内冷害農民への義捐金1,052万円、衣料11万9千点、学用品3万5千点、食糧1千俵(米に換算)
1956.12.13網走市労働福祉対策協議会(福対協)総会で役員改選、会長間作良和
1956.12.13集団感冒で南ヶ丘高臨時休校
1956.12.14雪印乳業(株)の網走新工場上棟式
1956.12.16能取公民館開設、農村公衆電話開通祝賀会挙行
1956.12.18国連総会、日本の国連加盟案を全会一致で可決
1956.12.18流行性感冒猛威、市内の小・中・高校に蔓延し罹患者数2,800人を突破
1956.12.20鳩山内閣総辞職
1956.12.21網走市農家経済再建委員会条例制定
1956.12.21オホーツク水族館が博物館法による登録完了
1956.12.23石橋湛山内閣成立
1956.12.26ソ連から最後の集団帰国者1,025人を乗せた興安丸、舞鶴に入港

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