網走市歴史年表
昭和35年(1960)

1960. 1. 1網走神社の初詣で人出2万人、日本髪の女性目立つ
1960. 1. 1網走開発建設部が35年度を初年度とする道路橋梁整備改訂前期5ケ年計画たてる
1960. 1. 1網走と紋別の底引漁業者の南千島沖入り会い漁業につき根室・釧路の漁業者との間で協定成立
1960. 1. 4網走消防本部の出初め式、ポンプ車と指揮車の入魂式、鎌田定助副団長が知事表彰受ける
1960. 1. 4東宝映画の久松静児監督が来網、戸川幸夫原作『オホーツク老人』映画化のため
1960. 1. 6日米安保条約及び行政協定改訂の日米交渉妥結(19日ワシントンで調印)
1960. 1. 6故林好次氏に従五位勳四等の位記伝達式
1960. 1. 7労働会館で第31回全道スケート選手権大会の開会式、江刺忠選手(網走郵便局)宣誓
1960. 1. 7網走支庁はタラバガニの資源調査で256万円の予算要求
1960. 1. 8常呂町ビート耕作農民代表と佐藤忠吉網走支庁長が日本甜菜糖美幌工場に補償を申し入れ
1960. 1. 8木下弥三吉市消防長(元市議)死去(51歳)
1960. 1.10網走湖市営リンクで行われた全道スケート選手権大会は多くの記録を残し閉会、田中靖二(富士鉄)、閏間千世子(同)一般の部で総合優勝
1960. 1.10国体冬季スケート道選手団選考会で網走から江刺忠、村山直之(向陽高)選ばれる
1960. 1.10東参議院議員を迎えて民主社会新党網走支部結成大会労働会館で開く、役員選任支部長尾藤忠雄、書記長海馬沢博
1960. 1.12昨年より1週間早く網走沿岸に流氷接岸
1960. 1.13網走警察署は昨年の交通事故77件、死者11人、負傷者69人、物損5,589千円と発表
1960. 1.14芝浦製糖が北見工大建設資金にと2千万円寄付
1960. 1.14美幌自衛隊機による今年第1回の流氷観測始まる
1960. 1.14中部千島冬季底引き漁業に網走から8隻出漁
1960. 1.14網走地方経営者協会再発足、会長高田太郎
1960. 1.14国鉄釧網線浜小清水駅舎落成祝賀会
1960. 1.15市民スキー場開き
1960. 1.17網走地方に猛吹雪、瞬間最大風速25m、列車・バスなど交通機関20年ぶりの大混乱、港内で漁船3隻座礁
1960. 1.17中部千島に網走から出漁中の底引き船6隻、吹雪のためソ連領海内に緊急入域
1960. 1.18市議会が南4条通り歩道舗装工事の市費負担を可決
1960. 1.21故有末三郎氏に従六位勳六等瑞宝章授与
1960. 1.22常呂町のビート減反による補償問題解決、日本甜菜糖美幌工場で調印
1960. 1.23網走管内新年囲碁大会、網走の大平礼敬2段格が優勝
1960. 1.24第15回国体スケート(浅間温泉)高校男子5,000mで向陽高校の村山直之君が6位入賞
1960. 1.25民主社会党結成、委員長に西尾末広
1960. 1.25網走海上保安署の無線施設強化、西カムチャッカ、中部千島との交信可能
1960. 1.25網走市消防長後任に浅見新一郎発令、網走消防署長兼任
1960. 1.25全日自労網走支部大会役員改選、執行委員長大沢信哉(新)
1960. 1.26美幌陸上自衛隊のセスナ機2機とヘリコプター1機による第2次海氷観測実施
1960. 1.26オホーツク水族館理事会で理事長に遠藤熊吉を互選
1960. 1.27ソ連は対日覚え書きで新安否条約を非難、外国軍隊が撤退しない限り歯舞・色丹は返還しないと通告
1960. 1.28網走支庁はオホーツク海のイカ漁を許可制にするよう道に具申
1960. 1.28市主催で北朝鮮への帰還者8名の歓送会
1960. 1.29紋別海上保安署の巡視船「そらち」が船体着氷調査のため千島海域へ向かう
1960. 1.29北見地方に寒波襲来、佐呂間で氷点下31℃、網走同18・8℃で水道凍結事故続出
1960. 1.30網走開発建設部管内の35年度道路工事計画内定、事業費総額8億6千万円
1960. 1.31網走湖市営リンクで網走市スピードスケート選手権大会開く、上位入賞者14名が釧路で開かれる都市対抗出場選手に決まる
1960. 2. 1道の特例により野鳥の捕獲、飼育も全面禁止
1960. 2. 1北朝鮮帰還者を乗せた準急気動車が相内〜留辺蘂間でトラックと衝突、重軽傷者出す
1960. 2. 1網走市体育協会理事会、新会長に鴻巣雄三決まる
1960. 2. 2西興部村で農家全焼、逃げ遅れて1人焼死
1960. 2. 3第3次流氷観測は千歳航空自衛隊のジェット機、八戸海上自衛隊P2V機、美幌自衛隊セスナ機の三者による同時立体観測実施
1960. 2. 5日本雪氷学会道支部は紋別で海氷談話会開く
1960. 2. 5網走支庁は新生活現地指導員連絡協議会開く
1960. 2. 6網走支庁は常呂町で第3回道政懇談会開く
1960. 2. 6網走電報電話局が南6東3(旧裁判所跡地)の新局舎に移転
1960. 2. 6釧路市で第1回東北海道都市対抗氷上競技選手権大会開く、1万mで網走の江刺忠選手1位
1960. 2. 7市国民健康保険組合中央診療所がガストロカメラ診断装置導入
1960. 2. 7三角山市営スキー場で市民スキー大会開く
1960. 2. 8網走支庁は35年度春ニシン沖刺し網漁は35隻以内に減船の方針を決める
1960. 2. 8津別町でマーケット全焼、14世帯75人焼け出される、損害額800万円
1960. 2. 9網走開発建設部にロータリー除雪車2台配備
1960. 2. 9全日本海員組合の中地熊造組合長来網、しない漁船員と懇談
1960. 2. 9二見ガ岡駅前の民家で猩紅熱感染者発生5人罹患
1960. 2.10第6回全国観光映画コンクールで網走市出品の『オホーツクの花暦』が優秀賞に選ばれる
1960. 2.11市体協は34年度最優秀選手表彰、剣道=中瀬国光(道東塩業)、空手=林久雄(向陽高校)、卓球=高木敏雄(二中教)、野球=為久哲英(市役所)、スケート=江刺忠(網走郵便局)、陸上=長浜英作(南ケ丘高校教)、庭球=福原惇
1960. 2.11道水試網走支場など関係機関で常呂川の水質汚染度調査
1960. 2.12網走地方に寒波、佐呂間で氷点下30℃、網走では同20・2℃
1960. 2.12「全身を顔にせよ」の健康普及会ニコニコ裸運動主宰及川裸観さん(網走出身)ら13名が、早期出漁、五穀豊穣を祈願して白灯台付近の海中で流氷突破水泳大会
1960. 2.13冬の観光客第1陣北見から100人が来網
1960. 2.14網走電報電話局は加入者電話1,300台をダイヤル式に切り替え
1960. 2.14西漁協総会、組合長山本長作再選
1960. 2.14市営リンクで第4回網走市少年スケート大会開く
1960. 2.14北見市の北見北星技芸学校から出火、1棟172平方b全焼
1960. 2.15網走支庁は特用作物増産奨励会議で格作付け面積決める、亜麻2,600ha、ビート15,200ha
1960. 2.17美幌自衛隊セスナ機2機で流氷分布状況観測
1960. 2.18網走支庁は34年度管内漁獲量集計、総漁獲量16万1,950d、金額29億 97,585,000円で前年比漁獲量108%、金額103%
1960. 2.18網走から中部千島に沖に出漁中の底引き船7隻はシケのためエトロフ島に緊急入域
1960. 2.18道警北見方面本部は暴力団の一斉取り締まり
1960. 2.19エトロフ島に緊急入域した網走港底引き船第11照丸(64t・14人乗り組み)消息を絶つ
1960. 2.20網走電報電話局のダイヤル式電話切替披露祝賀会開く
1960. 2.21網走湖市営リンクで網走支庁管内スピードスケート選手権大会、新記録続出
1960. 2.22市議会全員協議会が失業対策問題で論戦   
1960. 2.22小清水町農家の老女と孫娘が止別駅前で網走バスに轢かれて即死
1960. 2.23第11照丸の捜索打ち切り(4月3日合同葬執行)
1960. 2.25網走商工会議所会議室で漁業制度改正対策現地懇談会開く
1960. 2.25網走体育協会(鴻巣雄三会長)で副会長以下の役員決める
1960. 2.26中部千島沖に出漁中の網走港基地底引き船6隻がシケのためまたソ連領海内に緊急入域
1960. 2.26石栗与吉氏寄贈の消防ポンプ車「石栗号」引き渡し入魂式
1960. 2.28三角山スキー場で第2回市営スキー場落成記念市民大会開く
1960. 2.28北見地区木材チップ懇話会設立
1960. 3. 1第1回福祉年金が各郵便局で支払われる
1960. 3. 1東京で開かれた日本観光バスガイドコンクールで斜里バスの阿部靖子さんが2位入賞
1960. 3. 5網走漁協役員会、内藤忠三郎組合長の辞任にともなう後任に棟方敏郎専務理事を決める
1960. 3. 5北見市の大槻中央薬局全焼
1960. 3.11網走支庁管内水質保全対策協議会設立、会長に佐藤忠吉網走支庁長を選任
1960. 3.12道東地方に豪雨、鉄道、民家などに大被害
1960. 3.12二中で網走地方青年学級研究協議会開く
1960. 3.14東宝映画の谷口千吉監督と女優八千草薫が来網
1960. 3.15網走市名誉市民推薦審議会が田辺村次氏の推薦決める
1960. 3.15労働会館で宮田輝司会のNHK「三つの歌」開く
1960. 3.17戸川幸夫原作『オホーツク老人』映画化、ロケのため森繁久弥一行来網
1960. 3.18流氷分布状況調査、八戸基地のP2V機が観測
1960. 3.18網走支庁管内の春ニシン沖刺し網漁業は25隻許可
1960. 3.20向陽高校体育館で網走支庁管内土地改良事業10周年記念式
1960. 3.21休会明け市議会は失業対策事業予算を修正可決
1960. 3.21網走支庁は12〜13日の豪雨被害状況まとめる、総額1億7,200万円
1960. 3.22市議会は敬老年金、生業資金貸付、市庁舎建設資金積立の各条例案可決
1960. 3.23網走税務署は34年度法人所得上位10傑発表、1位は丸玉木材57,012千円(津別)、2位に網走信用金庫33,575千円
1960. 3.24佐藤忠吉網走支庁長は豪雨と融雪災害対策につき出札陳情
1960. 3.25道水産部はオホーツク沿岸結氷地帯漁業対策要綱を示す
1960. 3.25沿岸漁業者と底引き漁業者の操業協定打合会開く
1960. 3.25堀江広三拓銀網走支店長転任、後任後藤義雄支店長
1960. 3.26労働会館で第4回網走市青年大会、研究発表で平和地区の岩本久雄さんが1位
1960. 3.26国鉄石北線女満別の踏切で気動車とオートバイが衝突、1人即死、1人重傷
1960. 3.27網走など12の農民同盟が地区農同から脱退、新組織結成へ動く
1960. 3.27豊郷酪農組合発足30周年記念式挙行
1960. 3.29網走水産冷蔵(株)と網走製氷(株)が合併
1960. 3.30南極観測から帰った常呂の川口貞夫さんを囲み網走女子高で座談会開く
1960. 3.30国鉄石北線白滝〜奥白滝間の無人踏切で下り列車がトラックと接触、乗客35人重軽傷
1960. 3.31市は全日自労組の三役に対し失業対策事業に応能制賃金制度と就業規則の厳守を申し入れる
1960. 4. 1国鉄釧網線に準急行「摩周」運行始める、1日2往復、所要時間3時間13分に短縮
1960. 4. 1網走〜北見間の電話が即時通話となる、佐藤支庁長〜伊谷北見市長など3組の記念通話
1960. 4. 1網走支庁管内水質汚濁防止対策協議会発足
1960. 4. 1道水産研究所が網走地区でニシンの産卵場調査3年がかりで始める
1960. 4. 1網走製氷工場の設備が鎌田商店(鎌田定助社長)に継承、製氷冷凍工場として発足
1960. 4. 1網走観光案内所が1ヶ月早く店開き
1960. 4. 3労働会館で全日自労網走支部が創立10周年記念式挙行
1960. 4. 3湧別町で農家が焼け老人焼死
1960. 4. 3ソ連領海内で行方不明となった第11照丸の乗組員14名の合同葬執行
1960. 4. 4合理化澱粉工場を設立した市内三農協側と既存澱粉工場の対立が3年ぶりで妥結
1960. 4. 4網走地方気象台は根雪終日を発表、平年より9日早く昨年より3日遅い
1960. 4. 5網走スケート協会は内藤晋氏(北海道新聞社運動部)を招き冬季オリンピック報告会開く
1960. 4. 5市労協は安保阻止討論集会開く
1960. 4. 7日魯漁業(株)は岡村雅二紋別事業所長の網走事業所長兼任を解き後任に山城利数所長着任
1960. 4. 8網走東部海区のホタテ漁獲量は675tに決まる、昨年比225t減
1960. 4. 8市緑化推進委員会は市内学校に皇孫誕生記念植樹を奨励
1960. 4. 8網走機船底引漁労長交親会総会で会長に三輪一美選出
1960. 4. 8北海道銀行の福地春藏網走支店長転任、後任相川正春支店長
1960. 4. 9市は農家に屋敷林の造成を奨励
1960. 4.10北海道開発局のデッパー船「函館号」(550t)網走港入り
1960. 4.10網走市青年団体協議会役員改選、会長鎌田信一(昭和・再)
1960. 4.14全日自労網走支部で臨時大会、市が提示した応能制賃金制度に反対決める
1960. 4.14道サケ定置網漁業協会網走支部設立、支部長に大内光義(網走・東部海区)
1960. 4.15オホーツク海のタラバガニ漁が5年ぶりに部分解禁、紋別2隻、雄武3隻出漁
1960. 4.15日魯網走事業所にアメリカからミンク100頭到着
1960. 4.16網走市農民同盟で役員改選、執行委員長上林貞輝(再)
1960. 4.16三角関係のもつれから市内で殺人未遂事件発生
1960. 4.18網走支庁は34年度管内水産製品の総生産高4,539万s、金額38億9千万円と発表、うち貝類は全道生産量の90%
1960. 4.18網走支庁管内総合開発期成会で役員改選、会長佐藤忠吉網走支庁長(再)
1960. 4.18市は35年度固定資産税上位10傑発表、法人=@雪印乳業、A北電網走営業所、個人=@内藤忠三郎A朝倉富次
1960. 4.18市内の加工場でスケトウダラの冷凍すりみ生産始まる
1960. 4.20東洋精糖(本社東京)は農林省に対し網走市内に製糖工場設置を申請
1960. 4.21市の地力増進共励会で中園第1実行組合が1位入賞
1960. 4.22網走駅が10年間無事故運転で旭鉄局長から表彰受ける
1960. 4.23市は失業対策事業の応能制賃金を27日から断行すると組合側に通告
1960. 4.26失業対策事業の応能制賃金は市労協間作議長の要請により4日間延期
1960. 4.27漁業協同組合整備促進法公布
1960. 4.28電信電話設備拡充暫定措置法公布、電話加入者に債券引き受け義務
1960. 4.28北見地区農民組織連絡協議会発足、書記長に床鍋繁則(西網走)
1960. 4.28網走食品協会総会、入野谷正一さん(入のや精肉店)に知事表彰伝達
1960. 4.29網走バレーボール協会会長に田辺正英決める
1960. 4.30ソニーは世界最初のトランジスタテレビ発売
1960. 4.30網走市職員組合定期大会で役員改選M執行委員長井上連(新)、副神谷孫一(新)、書記長三上邦明(新)
1960. 4.30網走市小中学校校長会は会長に福本為雄(二中校長)決める
1960. 4.30網走市生業資金貸付申し込み受付始まる
1960. 5. 1網走観光(株)の「網走熱帯植物園」が緑町に開業
1960. 5. 1北日本航空DC3型機により女満別〜札幌2便運航始まる、あわせて同空港〜北見間に無料バス運行
1960. 5. 1失業対策事業の応能制賃金は20時間におよぶ徹夜交渉の末市の原案を1部修正して妥結
1960. 5. 1網走港根拠のアザラシ捕獲船「北洋丸」(19t・重成寅男船長・9人乗組み)が樺太沖で操業中、2艘のボートに分乗して氷上出猟中のハンター4人が同船とはぐれ行方不明となる
1960. 5. 1第31回網走市統一メーデー、家族連れ700人が参加
1960. 5. 1北見地区農民組織連絡協議会結成
1960. 5. 4常呂町で網走支庁管内ホタテ生産加工技術改善功労者表彰式
1960. 5. 4佐藤久網走新聞社長が沖縄産業視察団に参加出発(20日帰網)
1960. 5. 6網走支庁管内観光連盟総会、知床半島の道立公園指定促進など決める
1960. 5. 8市が道立新得種畜場から払い下げを受けた種兎170把到着、農家に預け増殖を図る
1960. 5. 9労働会館宿泊部の請負人に元網走支庁クラブ清幽荘管理人阿部武三郎さん決まる
1960. 5.12常呂漁協が北見大和堆でエビ桁網試験操業始める
1960. 5.12市立郷土博物館で考古学民族学研究座談会開く、北大の大場利夫博士出席
1960. 5.12道警北見方面本部は暴力団の一斉取り締まり、11人逮捕
1960. 5.13網走支庁管内水質保全協会は水系別小委員会の構成決める
1960. 5.14道氷上競技連盟代表委員会は35年度全日本スピードスケート選手権大会の網走市開催決まる
1960. 5.14網走・藻琴川鮭鱒保護協会は孵化事業の功労者として故林好次、故野坂良吉、故井筒宇三郎各氏の慰霊祭執行
1960. 5.14網走市連合PTAの新会長に高田太郎選任
1960. 5.16春の交通旬間始まる、小清水北陽小中校生徒全員が全道初の試みとして首に黄色のマフラー着用
1960. 5.16網走支庁水産奨励会が35年度重点施策を協議
1960. 5.16網走厚生総合病院が「人間ドック」開設
1960. 5.16藻琴で民家全焼、老女2人焼け死ぬ
1960. 5.16斜里岳で釧路の登山者が疲労のため死亡
1960. 5.17漂流中のボート1艘発見、1日に行方不明となったアザラシ狩りのボート2艘のうちの1艘で、船中にハンター4人の遺体確認
1960. 5.19北海道開発局が3年計画ですすめる知床半島の地下資源調査、網走支庁で打合会開く
1960. 5.20国立北見工業短期大学開学式、初代学長佐山総平
1960. 5.20東洋精糖研究開発本部の山下充氏、卯原内の製糖工場建設予定地視察
1960. 5.20北見地区開拓農協婦人部協議会設立、会長浜田菊野(網走)選出
1960. 5.20北1東2極光缶詰(株)が今年もアスパラ缶詰製造始める、目標1,500函(昨年は500函)
1960. 5.21自民党網走支部は支部長の人選を断念、当分の間新谷泰造・石栗与吉・林幸夫の三氏と農村代表1人の4人による代行委員制度で執行
1960. 5.21網走外三郡医師会総会、後任会長に加瀬卯之平(網走)を選出
1960. 5.22道加盟団体対抗陸上競技大会網走予選会で全道大会出場選手11人を選考
1960. 5.24チリ地震による大津波来襲、本道・三陸などの太平洋沿岸に大被害
1960. 5.24網走保健所に小児マヒ予防ワクチン20本割り当て
1960. 5.24網走郵便局は郵便貯金の優績局として札幌郵政局長賞、同貯金課の古川勉さんが郵政大臣表彰、同川西伊三郎さんも郵政局長表彰
1960. 5.24網走支庁は屋外広告物の取り締まり始める
1960. 5.28労働会館で道理容環境同業組合総会開く
1960. 5.31帝国石油の佐々木探礦部長来網、市内の石油試掘予定地を視察
1960. 6. 3網走婦人会はチリ地震、津波被災者への街頭募金始める
1960. 6. 4網走市安保共闘会議では700人が参加して中央小校庭で集会を開き抗議デモに移る
1960. 6. 5東洋精糖三谷角三郎常務取締役一行来網、卯原内の製糖工場建設予定地を視察
1960. 6. 7元網走商工会議所会頭白井仁太郎氏、東京で死去、(74歳)
1960. 6. 8網走管内海区漁業調整委員会発足10周年記念式
1960. 6. 8網走駅に架設中の跨線橋使用始める
1960. 6. 8網走婦人会総会、婦人会館の建設計画決める、会長中川いせ再選
1960. 6. 9網走市名誉市民推薦委員会は故白井仁太郎、米村喜男衛(市立郷土博物館長)両氏の名誉市民推薦決める
1960. 6. 9網走防犯協会総会開く
1960. 6.11自民党網走支部再建委員会、新支部長に林幸夫、幹事長に鈴木芳春
1960. 6.11釧路市で開かれた全道高校家庭クラブ研究発表会で向陽高校の3人が道代表に選ばれる
1960. 6.13市営球場で道東選抜高校野球大会、釧路江南校が優勝
1960. 6.14鳥清畜産工業が藻琴に工場新築地鎮祭、辻本信千代社長出席挙行
1960. 6.14第110回臨時市議会、国会解散要求決議案否決
1960. 6.15網走国定公園記念切手全国一斉に発売、800万枚発行し網走局割当18万枚
1960. 6.15網走国定公園・小清水原生花園に休憩舎落成
1960. 6.15市労協で安保反対統一行動、市内官公労も時間内職場大会開く
1960. 6.18網走運輸(株)設立、社長田村直美
1960. 6.18二ツ岩海岸に観光旅館「オホーツク荘」新築開業
1960. 6.18北浜出身の力士北の洋が関脇に返り咲く
1960. 6.19向陽高校で北見地区高校剣同大会、紋別高の加藤選手優勝
1960. 6.19東洋精糖網走工場誘致促進期成会発足、会長遠藤熊吉網走市長
1960. 6.19特別整備による商港計画を取りやめ、全額国費による公共事業として36年度から5年計画で施行となる
1960. 6.22サロマ湖沖で紋別海上保安署の巡視船「そらち」が密漁船を追跡中衝突、漁船員1名行方不明
1960. 6.22網走市安保反対共闘会議のゼネストとデモ行進が行われる
1960. 6.23日米新安保条約発効
1960. 6.23網走市体育功労者選考会は初の受賞者として網走野球連盟審判長佐藤貞治氏を選ぶ
1960. 6.23網走地方初の牛市が網走支場を最後に終わる、1頭平均6万1千円
1960. 6.24藻琴〜弟子屈間の観光道路新設で関係者が合同調査実施
1960. 6.24小清水町花園幼稚園に集団発生した赤痢患者22人となる
1960. 6.25新道路交通法公布(12月20日施行)
1960. 6.28自民党網走支部臨時大会、正式に支部役員決める
1960. 6.28北海道開発局による知床半島地下資源開発調査、第1班現地入り
1960. 6.28北海道開発局猪瀬局長来網、能取湖口の永久水路化につき現地調査
1960. 6.28佐藤網走郵便局長転任、後任土田良平局長
1960. 6.28東宝映画『地の涯に生きるもの』(戸川幸夫作・原題『オホーツク老人』)のロケ隊一行来網、網走沖でイルカ漁撮影
1960. 6.29榎本儀一さんが網走湖畔で温泉ボーリング始める
1960. 6.29東北薬科大学理事長高柳藤一博士来網
1960. 6.30第15回国民体育大会山岳競技北海道予選会は斜里高で開会式挙行、知床山系で3日まで
1960. 6.30NHK北見放送局網走放送所のテレビ放送塔、天都山頂に建設決まる、明年6月から放送と発表
1960. 7. 1自治省発足
1960. 7. 1国鉄は列車の2・3等を廃止して1・2等制に改め旧3等の赤切符を廃止
1960. 7. 1能取湖の内水面ホタテ漁解禁、7月31日まで、漁獲制限目標1隻当たり7,500s
1960. 7. 1網走支庁管内17ヶ箇所に開拓営農指導所設置
1960. 7. 1旭川〜網走間「大雪国道」を「1級国道39号」に変更
1960. 7. 1紋別市の繁華街でパチンコ店全焼、女店員5人焼死
1960. 7. 3網走自転車商組合主催サイクリングに80人参加、能取湖畔まで走破
1960. 7. 3網走煙草販売協同組合事務所落成
1960. 7. 3南ヶ丘高で第7回市内中学校陸上競技大会、一中が優勝
1960. 7. 3市立体育館で第10回東北海道柔道大会、団体で網走刑務所Aチーム優勝
1960. 7. 4網走地方教育研究所開所式、所長吉良三久
1960. 7. 5雪印乳業が酪農懇談会開く
1960. 7. 5網走食肉組合が網走地方食肉事業協同組合に改組
1960. 7. 7文芸春秋社の文化講演会、講師=十返肇、円地文子、石原慎太郎
1960. 7. 7労働会館で日本水道協会北海道地方支部総会開く
1960. 7. 7新任の菅野惣太郎網走営林署長着任
1960. 7.10国鉄は札幌〜網走間に臨時急行列車運行、札幌往復日帰り実現、9月12日まで
1960. 7.10斜里バスは斜里〜岩尾別間にバス運行始める
1960. 7.10網走地区保護司会総会、新会長に米村喜男衛選任
1960. 7.11豪雨のため常呂川の中洲に孤立した砂利採取作業員5人を帯広自衛隊のヘリコプターが救出
1960. 7.11札幌在住の元網走町長山内鉄蔵氏が死去(85歳)
1960. 7.11網走駅構内拡張第1期工事完成
1960. 7.12知床半島宇登呂漁港の港灯点灯式
1960. 7.13市営球場で全国高校野球北見地区予選最終日、遠軽高初優勝
1960. 7.13宇登呂漁港修築工事現場でダイナマイト暴発事故、人夫6人重軽傷
1960. 7.13市内に小児マヒ発生
1960. 7.14諏訪工業(株)網走事業所が美岬地区の砂鉄採掘、開山式挙行
1960. 7.15岸内閣総辞職
1960. 7.15網走市農業委員選挙、15人の当選者決まる
1960. 7.16名寄駅の貨車から拓銀雄武支店行きの現金400万円が消える
1960. 7.175月以来難航していた労働会館宿泊部問題が解決、新旧請負業者交代
1960. 7.19池田勇人内閣成立
1960. 7.19網走駅構内拡張第1期工事落成式挙行
1960. 7.19北陸銀行網走支店開業準備、窪田与次支店長着任
1960. 7.21森繁久弥を囲む懇談会をカフエー「太陽」で開く
1960. 7.23紋別市開基80年記念式典挙行
1960. 7.23市体育協会主催の市民体育祭パレード及び第1回体育功労賞贈呈式
1960. 7.23網走専門店会創立10周年記念パレード
1960. 7.24南ヶ丘高グランドで第6回全日本中学校放送陸上競技網走大会開く
1960. 7.25帯広畜産大学の知床半島学術調査団が現地入り
1960. 7.25東藻琴村で農家の主婦が落雷により感電死
1960. 7.26天都山頂に建設するNHK網走放送所テレビ塔の地鎮祭挙行
1960. 7.26第14回池坊全道華展が向陽高校体育館で開かれる
1960. 7.29臨時市議会開会、農業委員に5名の議員を推薦
1960. 7.30美幌峠の駐車場と給水施設竣工式挙行
1960. 7.30網小で第10回全道造形教育研究大会開く
1960. 7.31網走信用金庫寄贈の化学消防車「信用金庫号」到着し市に贈呈式
1960. 7.31能取湖のホタテ漁操業打ち切る、水揚げ48,000sで目標の57%
1960. 8. 1市は敬老年金の申請受付始める
1960. 8. 1網走支庁は斜里町ウトロ地区で道政懇談会開く
1960. 8. 1東洋精糖(株)研究開発本部は網走駐在員として宮本金次氏を決める
1960. 8. 2北見地方に豪雨、1,300戸浸水
1960. 8. 5網走地方猛暑、気温32・9℃で今夏最高
1960. 8. 5土用丑の日、海水浴客10人溺れ2人重体
1960. 8. 5全国高校家庭クラブ発表大会(東京)で向陽高校が優秀校に選ばれる
1960. 8. 6網走支庁管内農業委員長会議、会長に田野岡哲二選出
1960. 8. 6労働会館で原水爆禁止網走地区集会開く
1960. 8. 6大相撲一行来網、北の洋後援会が歓迎レセプション開く
1960. 8. 7帝国石油が桂町法龍寺裏山の市有地で石油・天然ガスのボーリング始める
1960. 8. 7故木下弥三吉氏のケルンを羅臼岳頂上に建設
1960. 8. 7大相撲網走準場所桂ヶ岡特設会場で興行、北の洋が柏戸を寄り切る
1960. 8. 8午後3時の網走の気温34・5℃で網走地方気象台始まって以来3番目の記録的猛暑(最高は大正13年8月11日の36℃、次いで昭和13年8月の35・8℃)
1960. 8. 8市内で赤痢患者4人発生(うち2人疑似患者)
1960. 8. 9網走東部海区漁業調整委員選挙、無投票で11人の当選決まる
1960. 8. 9前道議宮津じゅん太郎氏札幌へ転出、送る会開く
1960. 8.10網走支庁管内の芝浦(北見市)・日本甜菜(美幌町)・ホクレン(中斜里)の各製糖工場原料ビート集荷区域正式に決まる
1960. 8.10市内6カ所を会場に第1回道教職員体育大会開く
1960. 8.10北6西2に映画館「東映シネマ」開業
1960. 8.10生田流家元萩原正吟を迎え絃寿会が歓迎演奏会開く
1960. 8.10松竹映画『人間の条件』ロケに仲代達也一行が来網、女満別などで撮影
1960. 8.11西川北海道開発庁長官一行来網、網走港など視察
1960. 8.11NHK「とんち教室」が労働会館で公開録音
1960. 8.12道水試網走支場で西カムチャツカ漁獲魚類の冷凍すりみ加工試作始める
1960. 8.12道道網走停車場線の網走駅〜南4条間道路舗装工事完成
1960. 8.13観光網走の呼びもの「全国花火コンクール大会」網走川岸で開く、見物の人出35,000人と発表
1960. 8.13網走出身今谷大宗さんの魚拓展が喫茶「草庵」で開かれる
1960. 8.15北見市で北見地方農協連管内乳牛3万頭突破記念大会開く
1960. 8.15林英雄網走刑務所長転任、後任木村英太郎所長
1960. 8.15常呂町針田鉱業国力鉱山独身寮で2人赤痢患者発生
1960. 8.17網走支庁管内の道農業会議6号議員に田野岡哲二選出
1960. 8.17桂ヶ岡グランド特設競技場で第11回全道自転車競技選手権大会開く
1960. 8.18能取湖にオゴノリ母草11,350s移植始まる
1960. 8.19網走駅に大型木製駅名看板お目見え、観光客の人気集める
1960. 8.20札幌市茨戸で開かれた国体道予選漕艇競技に網走ナックルフォア実業団クルー初出場
1960. 8.20清里町に小児マヒ患者出る
1960. 8.21桂町の帝国石油ボーリング失敗に終わる、予定深度に達したが石油・ガスの徴候認められず
1960. 8.23北見市でも小児マヒ発生
1960. 8.24道農試北見支場は20日現在の管内作況「平年作を上回る」と発表
1960. 8.24網走支庁管内海区漁業調整委員知事選任委員決まる、東部海区は網走から学識経験者として遠藤熊吉、林幸夫選任
1960. 8.24網走空手道協会で公開演武会開く
1960. 8.25網走支庁管内海区漁業調整委員合同協議会で役員選出、東部は林幸夫(新)
1960. 8.25東洋精糖(株)の秋山会長一行来網、卯原内の製糖工場建設予定地を視察
1960. 8.25湧別町志撫子の小児マヒ患者6人となる
1960. 8.26労働会館で網走地区連合遺族会主催第3回戦没者遺族大会開く
1960. 8.26網走新聞社主催「有田洋行(サーカス団)」パレード
1960. 8.27網走専門店会で協同組合発足10周年記念式
1960. 8.28網走軟式野球連盟主催第1回東西学校野球定期戦開幕
1960. 8.28中央小屋体で第4回網走市弓道大会開く、一般男子で女満別チームが連続優勝
1960. 8.28小清水町で国体陸上競技北見地区予選開く
1960. 8.30潮見に小児マヒ発生
1960. 8.31網走無線電機商会が市に寄贈したテレビ、南2東1消防署前広場で有線受像し一般公開始める
1960. 8.31網走職安では静岡県伊豆下田の観光地行き従業員希望者と懇談会開く
1960. 9. 1南4西1に中央食品ストア(通称中央マーケット)開店
1960. 9. 4向陽高校で北見地区高校家庭クラブ研究発表会開く
1960. 9. 4網走クレー射撃クラブが駒場競馬場で射撃大会開く
1960. 9. 5自民党は高度成長、所得倍増計画を発表
1960. 9. 5国体高校弓道道予選(小樽市)で南ヶ丘高優勝
1960. 9. 5女満別町に小児マヒ発生
1960. 9. 6道内の小児マヒ患者1千人を超える
1960. 9. 6網走市貸付牛飼養者組合総会、新組合長土田多一郎
1960. 9. 6道警北見本部は暴力団の一斉取り締まり、11人逮捕
1960. 9. 7女満別町開基70周年開村40周年記念式典挙行
1960. 9. 7日活映画『大草原の渡り鳥』ロケ、小林旭ら小清水原生花園で撮影始まる
1960. 9. 8網走支庁管内のホタテ漁終わる、総水揚げ454万sで目標の97・2%
1960. 9.10NHKはカラーテレビ放送始める
1960. 9.10網走支庁は地方・経済の2部制となる、地方部長松崎了介発令
1960. 9.10雄武町開基60年記念祝賀会
1960. 9.10市労協定期大会で役員改選、議長間作良和(再・日通)
1960. 9.10作家戸川幸夫来網
1960. 9.11西小で第6回全道児童生徒音楽コンクール網走地区大会開く
1960. 9.11労働会館で大東流合気道公開演武会開く
1960. 9.13ソ連漁業視察団一行8人来網、道水試網走支場など視察
1960. 9.14網走保健所に小児マヒ予防ワクチン19本届く、1本は5人分
1960. 9.14労働会館で第3回網走防犯少年弁論大会開く、二中の金子元臣君1位
1960. 9.16全道高齢者コンクール網走市予選に82人参加
1960. 9.16網走朝野球秋季大会で北酒連チームが初優勝
1960. 9.18赤平市で開かれた全道市役所バレーボール大会で網走市役所チーム優勝
1960. 9.18労働会館で第3回道漁婦連北見支部大会開く
1960. 9.19網走相撲協会結成、会長田中久助
1960. 9.20佐藤忠吉網走支庁長が道総務部次長に転任、後任田村励太郎支庁長
1960. 9.21市労協は東京三紙の不買運動決める
1960. 9.22網走新聞社が主催するプロ野球の大毎ー阪急新人戦行われる
1960. 9.23各保健所管内の小児マヒ患者は網走3、美幌3,北見3、紋別9,遠軽18(死亡2)計36人となる
1960. 9.23NHK北見〜網走間駅伝競走、一般は置戸林友3連勝、高校は遠軽高初優勝
1960. 9.23網走商工会議所で第4回網走市内学童生徒創意工夫展開く
1960. 9.23道猟友会網走支部総会、支部長に石川重造選出
1960. 9.24網走観光協会が主催する「オロチョンの火祭り」がモヨロ貝塚と桂ヶ岡公園で開かれる
1960. 9.24網走市農協は南7東3に「マル協デパート」開業
1960. 9.24内水面取締まり快速艇「あばしり」が進水試運転
1960. 9.24網走市第3回中学校対抗観光地巡り駅伝競走で一中Cチーム優勝
1960. 9.25平和婦人会小笠原貞子会長を迎え第2回網走市母と女教師の集いを二中で開く
1960. 9.25西小でNHK全国唱歌ラジオコンクール網走地区予選開く
1960. 9.26全道健康老人コンクールで準北海道に女満別町の三浦房太郎さん(75)、優良賞に網走市の金田タカさん(77)が入賞
1960. 9.26市議会は任期満了の教育委員に大島光雄、小南邦雄を再任
1960. 9.27台風・暴風雨特別対策網走地方協議会設立
1960. 9.29網走慈恵院理事会は赤字のため事業休止を検討
1960. 9.30市議会は追加予算を可決して閉会
1960.10. 1全国一斉に国勢調査が行われる(網走市の人口9,260世帯、44,052人で前回比1,091人増)
1960.10. 1市役所で拠出制国民年金(任意加入)の申請受付始まる
1960.10. 1酒類の公定価格廃止
1960.10. 1網走3地区農協(管理組合長土田多一郎)の合理化澱粉工場が操業始める
1960.10. 1「入舟」で全道市役所職員組合連合会(全市連)定期大会開く
1960.10. 2新町の網走川埋立地で第1回網走市民相撲大会開く
1960.10. 3市内でまた小児マヒ発生
1960.10. 5全道一斉に学力テスト実施
1960.10. 6オホーツク海のサンマ漁解禁、網走支庁管内船229隻、管外入会船214隻
1960.10. 7市国民健康保険組合の市営移管準備委員会設立
1960.10. 7南4西4菓子商午来貢さん方飴工場全焼
1960.10. 8美幌町役場庁舎新築落成式挙行
1960.10. 8林海上保安庁長官来網
1960.10. 9サロマ湖沖合でサンマ船転覆、2人行方不明
1960.10.10網走支庁は「里親と職親を求める運動」展開始める
1960.10.11東洋精糖の太田常務らが中山正男氏と共に来網
1960.10.12社会党委員長浅沼稲次郎が右翼の少年に刺殺される
1960.10.13網走商工会議所で東北海道商工会議所連絡協議会開く
1960.10.14文化財保護活動で米村喜男衛市立郷土博物館長に文部大臣表彰
1960.10.15鳥清畜産工業(株)(本社和歌山)の網走工場が藻琴に完成、藻琴中で竣工式
1960.10.15国体に出場する南ヶ丘高弓道部の壮行試射会
1960.10.16市農業共済組合の事務所と家畜診療所新築落成式
1960.10.16釧路市で開かれた第13回東北海道剣道大会で網走チーム初優勝
1960.10.16第7回金栗杯マラソン大会で置戸林友の幸山邦隆選手2連覇
1960.10.16紋別小のバザーで1千数百人が食中毒
1960.10.17網走地方行政協議会が36年度道費事業に18億円要求
1960.10.17網走駅は「開かずの踏切」と呼ばれた新町踏切の交通量調査、歩行者1日4,200人、遮断時間延べ4時間50分
1960.10.18サロマ湖内の富武士(とっぷし)漁港竣工式(昭和25年着工)
1960.10.20第3種女満別空港整備事業完工式(昭和33年から5,300万円投入)
1960.10.20卯原内駅前に西網走農協(渡辺賀子組合長)事務所兼店舗完成落成式
1960.10.20日魯漁業網走事業所にパステル種ミンク2,700頭到着、合計4,800頭となる
1960.10.20東京大学の関野・八幡両教授が常呂で遺跡発掘調査始める
1960.10.22小清水郵便局新局舎落成式挙行
1960.10.23北見郷土研究会は大場利夫氏を迎え常川遺跡の発掘調査始める
1960.10.24国体高校弓道で南ヶ丘高7位
1960.10.24斜里町で小児マヒ発生
1960.10.242年計画で卯原内川国営土地改良事業起工式
1960.10.24網走地方に初雪、平年比8日、昨年比17日早い
1960.10.26網走沖のイカ漁が獲れすぎて沖止め、サンマも豊漁
1960.10.28駒場の家畜市場で第7回家畜共進会開く、団体で南網走が優勝
1960.10.29西網走地区開発期成会結成、会長鬼塚勝選出
1960.10.30北見工業短期大学開学、校舎落成記念式挙行、あわせて建設資金に1億円寄付した東急グループ五島慶太社長の胸像除幕式
1960.10.31置戸町制施行10周年記念式挙行
1960.10.31北浜市街で4棟3戸全焼
1960.11. 1訓子府町で開村40年町制10年記念祝賀会
1960.11. 1米の需給緩和で一般の配給は1人1ヶ月当たり8sとなる
1960.11. 1網走連合海区漁業調整委員会は河川汚濁調査特別委員会を設置
1960.11. 3米村喜男衛市立郷土博物館長が藍綬褒章受ける
1960.11. 3新町会(山口亀久雄会長)で街路灯完成祝賀会
1960.11. 3昭和の松本重徳元網走町議が死去(77歳)、昭和部落葬執行
1960.11. 4網走職安の「働く優良年少者」22人表彰
1960.11. 6向陽高校で第1回北見地区体操競技新人戦大会開く
1960.11. 7南4東1の北陸銀行網走支店改築
1960.11. 7網走港基地のサンマ漁は昨年の4倍を記録
1960.11. 7真田幸家網走地方教育局長転任、後任玉山武雄局長
1960.11.10斜網地域漁業安定対策協議会設立、会長に遠藤熊吉網走市長選任
1960.11.10サロマ湖のホタテ養殖で全国初の試みの鋼管イカダ2台垂下げ
1960.11.10常呂町で映画館全焼
1960.11.11網走支庁管内総合期成会長に田村励太郎網走支庁長就任
1960.11.12新町の食堂から出火、19世帯68人焼け出される、損害額約1,700万円
1960.11.13道猟友会網走支部は車止内で射撃大会開く
1960.11.13労働会館で三浦バレエ発表会開く
1960.11.14NHK放送教育優秀校に一中入賞
1960.11.16オホーツク海のサケ漁は網走漁協関係だけで52万4,000s、昨年を10万s上回る
1960.11.20第29回衆議院議員選挙、本道5区(定員5名)当選本名武、伊藤郷一、岡田利春、永井勝次郎、松田鉄蔵
1960.11.20道展審査会で小川ウメ子さん(網走在住)のウイルタ刺繍が入選
1960.11.22北5西3榎本儀一さんが網走湖畔で温泉ボーリングに成功、道立衛生研究所から温泉許可証届く
1960.11.22網走海区漁業調整委員永年勤続者に水産庁長官から感謝状、東部海区では網走から大内光義、山田道雄の両氏
1960.11.25網走支庁で戦没者の第16回合同遺骨伝達式
1960.11.26網走支庁の道政懇談会が白滝村で開かれる
1960.11.26訓子府町に北海道農業試験場北見支場付属農業研修所落成
1960.11.26清浦小校舎増改築工事落成式
1960.11.27豊栄中校舎増築工事落成式
1960.11.28道水産部は中型底引き船の北方転換対策案をまとめる
1960.11.28嘉多山小体育館新築落成式、嘉多山開基60年祭、開拓記念碑除幕式挙行
1960.11.29市内4農協組合長が市長に農業振興対策11項目を陳情
1960.11.30北日本航空の女満別ライン終航
1960.12. 1網走駅前郵便局開局
1960.12. 1網走観光案内所が通年業務に踏みきる
1960.12. 1網走警察署が「刃物を持たせない運動」展開
1960.12. 1農業季節労務者解散式
1960.12. 1美幌農協デパート落成祝賀会
1960.12. 1生田原町に身体障害者収容授産施設開設
1960.12. 5網走前浜海岸線災害復旧工事完工式(33年着工、総工費8,509万円)
1960.12. 5網走青少年補導センター運営委員会は市に青少年問題協議会の設立を申し入れ
1960.12. 6オホーツク結氷地帯漁業経営安定対策協議会創立総会、会長に田村励太郎網走支庁長
1960.12.10二中屋体増築落成祝賀会
1960.12.10日魯漁業網走事業所でミンクの毛皮剥始まる、年内に600枚をアメリカに輸出
1960.12.11網走土木現業所の36年度事業予算総額6億7,000万円と発表
1960.12.11NHK札幌放送局で第1回全道学校器楽コンクール、斜里町以久科中が1位
1960.12.14オホーツクミンク飼育(株)(田野岡哲二社長)藻琴飼育場に500頭入る
1960.12.14北見市川東に北見老人ホーム(大内政恵理事長)完工式
1960.12.15斜網地区の合理化澱粉工場8ヶ所で計70万袋の澱粉生産終わる
1960.12.17東洋精糖の技術陣一行来網、卯原内の工場建設予定地を視察
1960.12.18網走支庁は管内の総漁獲高20万1千t(前年比26%増)、金額38億6千万円(同29%増)で新記録と発表
1960.12.18網走湖の市営スケートリンク開き
1960.12.18大映映画『手錠にかける恋』ロケのため菅原謙二ら一行来網
1960.12.19南3東4の漁業家村上儀蔵さんが図書館建設資金にと市に500万円寄付
1960.12.20網走漁協の本年度水揚げ5万t、9億5千万円で過去5年間の最高と発表
1960.12.20網走海域漁業調整協議会設立、会長遠藤実選出
1960.12.24第2航空団千歳基地のジェット機によるオホーツク海の海氷調査始まる
1960.12.25網走地方に猛吹雪、交通機関マヒ、ウトロで漁船3隻沈没
1960.12.27閣議で「所得倍増計画」決まる
1960.12.30網走商工会議所は東洋精糖工場誘致街頭署名運動展開

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