網走市歴史年表
明治時代(1868〜1912)

明治元年(1868)
1868. 9. 8明治と改元
1868. 9. 箱舘府属官平井幸一郎、アバシリに来て新政を布達、アバシリ場所は新政府が管理
1868.10.10箱舘戦争起きる
明治2年(1869)
1869. 東京に開拓使を設置蝦夷地を北海道と改め、北見国など11国、網走郡など86郡の行政区域名を制定
1869. 9. 1新政府、北見国を分領(網走・斜里郡は名古屋藩領、網尻・常呂郡は広島藩領、宗谷・枝幸・礼文の各郡は金沢藩領、3年8月まで)
1869. 9.30箱舘を函館に改める
1869.10. 場所請負人の名目を廃し、漁場持と改める
明治3年(1870)
1870. 7.22開拓使、藤野喜兵衛の漁場持引上げを通告
明治4年(1871)
1871. 4. 4戸籍法制定(5年施行)
1871. 4. 4札幌に開拓使庁をおき、函館・根室の開拓出張所を出張開拓使庁と改める
1871. 7.15開拓判官松本十郎、はじめて北見国内を巡検
1871. 7.14廃藩置県の詔勅発布
1871.12.19藤野伊兵衛、北見国東部4郡及び根室国標津・目梨両郡の漁場持を命じられる
1871.12.19この年、藤野伊兵衛、アバシリ川にはじめて板橋を架ける
1871.12. 全道11国及び樺太の行政区画を6部に分け、北見国東部4郡は根室、北部4郡は宗谷の各使庁に属する
明治5年(1872)
1872. 1.開拓判官松本十郎、北見国東部4郡の本局に網走郡を上申
1872. 3.開拓使庁、北見国東部4郡の村名を定める(網走郡はトヲフツ・ナヨロ・モコト・ニクリバケ・イチャニ・アバシリ・モヨロ・ノトロの8村、のち網走市の開基となる)
1872. 4. 開拓使庁、網走・網尻両郡の戸長として藤野漁場支配人佐々木(松野)三右衛門に兼職を命じる(事務処理は藤野分店帳場内、5月戸籍調査に着手)
1872. 9.14出張開拓使庁を開拓使根室支庁と改める
1872. 9. アバシリ村官有地に官立病院仮開院(6年8月新築、10年3月閉院、7月再開)
1872.12. 3新暦採用、この日を6年1月1日とする
明治6年(1873)
1873. 7.20アバシリ村に開拓使根室支庁網走出張所をおき、紋別・常呂・網走・斜里の各郡及び釧路国網尻郡を所轄、紋別郡に分局をおく(紋別分局は7年出張所と改め8年廃止)
明治7年(1874)
1874. 9.モコト村から釧路国境ペケルチシに至る官設道路を開さく
1874.11. 6藤野伊兵衛持船長者丸、ウトロ海域で遭難
明治8年(1875)
1875. 5.24網走郡内の8村に漢字名をあてる(アバシリ村は網走村となる)
1875. 7. 1根室支庁網走出張所を廃し、同庁民事課派出所をおく(12月網走分署と改める)
1875. 9. 1北見国アイヌ人に対するオムシャ全廃
1875.10.藤野伊兵衛、網走川の板橋架け替え
明治9年(1876)
1876. 1. 6藤野分店に付属して郵便取扱所開設
1876. 4. 天塩国苫前から北見国宗谷・枝幸・網走各村をへて根室に至る郵便路線開通
1876. 7.19アイヌ人に姓氏を用いさせる
1876. 9. 8全道に大・小区を定め、北見国東部4郡は27大区、網走郡は2小区となる
1876.10.10全道一斉に漁場持制を廃止、藤野伊兵衛、北見国漁場の放棄を声明
明治10年(1877)
1877. 3. 網走分署を支庁直轄とする
1877. 4. 斜里・網走・紋別の各村要衝地に浦役場開設(網走村は藤野分店内におく)
明治11年(1878)
1878. 3.戸長(総代)事務扱所を区務所と改める
1878. 5. 1皆月善六、知床山の硫黄採掘に着手 この年、藤野伊兵衛北見国漁場を再開
明治12年(1879)
1879. 7.15全道の大・小区制廃止
1879.この年、瀬川惣之助はじめて網走村で越冬(自由移住者第1号)
明治13年(1880)
1880. 7.15網走村に開拓使網走・斜里・常呂・紋別郡役所(網走外三郡役所)開庁、郡長岸本円蔵就任、網走・常呂両郡の戸長事務を兼掌(斜里郡戸長川端又三郎・紋別郡戸長竜田治三郎)
1880. 9.24知床硫黄山大爆発、硫黄噴出3日間におよぶ
1880.この年、藤野分店内に日用品・呉服類の売場を開設(21年に白木屋と改める)
明治14年(1881)
1881. 7. 8釧路国網尻郡(津別・美幌)を北見国網走郡に編入
1881.11.15網走村網走川河口部右岸に市街地を区画して「北見町」と命名、宅地の払い下げ開始
明治15年(1882)
1882. 2. 8開拓使を廃し、函館・札幌・根室の3県をおく
1882. 4. 1根室警察署網走巡査派出所設置
1882.この年、最寄村で町田孫六が野菜栽培による営農を試み成功する。また、猪股周作が果樹栽培を試みる(21年に結実)
明治16年(1883)
1883. 2.19根室警察署網走分署に昇格(19年庁舎新築)
1883. 6.網走郡及び8村総代人の選挙執行
1883. この年網走郵便局、北見町北通2丁目に独立局舎新築(23年3等郵便局に昇格)
明治17年(1884)
1884. 9.25網走簡易小学校、民家の一室を借あげて創立式挙行
(18年北見町中通4丁目に校舎新築)
1884.この年、藤野家の北海道営業名儀(喜兵衛・伊兵衛)を廃して財産名儀を本家四郎兵衛に改め、函館・福山を漁場仕込本店、根室・網走を支店とする改革を斷行(これまでのュのめじるしを廃止)。また、宮部金吾、クルマトマナイにうるし樹林発見(安政6年前後に会津から移植されたものと推定)
明治18年(1885)
1885. 7.北見町に私設消防組創設
1885. 9.網走外三郡役所、北見町南通3丁目に庁舎新築
明治19年(1886)
1886. 1.263県を廃して北海道庁設置、函舘・根室に支庁をおき、網走外三郡役所は従来どおり4郡を管轄
1886.12.28函館・根室両支庁を廃し、郡・区長は道庁長官の直属とし警察署長兼務
1886.12.北見町南通3丁目に法龍寺開山
1886.この年、網走川沿いに点住するアイヌ人を海寄りの1区画に転住させる(のち「アイヌ地」と呼ばれる)
明治20年(1887)
1887. 1. 網走警察署設置、署長は郡長が兼職
1887.この年、英国人技師スコット・メーク、全道の要港調査に着手。また、釧路監獄署により釧路〜網走間の道路開さくに着手
明治21年(1888)
1888. 3.網走外三郡役所内に道庁林務課網走派出所設置
1888. 4.網走村ニクル(桂町)に墓地を区画
1888. 6.11スコット・メーク北見国入りし網走港修築を調査
明治22年(1889)
1889. 5.14網走・常呂二郡水産漁業組合創立
1889. 8. 1網走外三郡役所内に網走観測所仮設し気象観測開始〔23年網走村ニクル(台町)に庁舎新築移転、2等測候所となる〕
1889. 8. 9知床硫黄山爆発して硫黄再噴出
1889.この年、北見国の植民地選定に着手。
1889.また、藤野家、汽船芳野丸を購入し函館・根室・網走間の定期航海を行う
明治23年(1890)
1890. 4.27最寄村ベナタンナイに釧路監獄署(7月集治監に復称)囚徒外役所の造営に着手(移送囚徒、同年末には1,000名に達する)
1890.10.30教育勅語発布
1890.11.硫黄山〜網走間の道路完成(「釧路道路」と呼ばれる)
1890.12. 山田慎、網走村大曲に燐寸製軸工場建設(24年囚徒を使役して操業開始)
1890.12.  釧路から標茶経由網走まで電信回線架設(24年電信業務開始)
1890.この年、網走郡内で水稲試作
明治24年(1891)
1891. 4.網走分監による網走〜上川間の道路開さく着工(同年末完成「中央道路」と呼ばれる)
1891. 5山田製軸工場内に日本聖公会講義所開設
1891. 6.27釧路集治監網走分監と改め、8月北海道集治監網走分監となる(初代分監長有馬四郎助)
明治25年(1892)
1892. 3.中央道路沿いの越歳(1号)・端野・相内・留辺蘂・上佐呂間・野上・下白滝・白滝に駅逓開設
明治26年(1893)
1893. 7. 網走村オショップ(鱒浦)に藤野家が牧場開設
1893.11.能取村ノトロ(美岬)に原鉄二郎が牧場開設
1893.この年、川端勝太郎、最寄村に石油鉱採掘許可(未着手のまま期限切れ)
明治27年(1894)
1894. 6. 北見町に北見農会設立
1894. 8. 1日清戦争勃発(28年本間長之丈ほか出征)
1894.10.網走遊廓公認
明治28年(1895)
1895. 4. 網走尋常小学校に高等科併置
1895. 5. ニクル(桂町)に火葬場設置
明治29年(1896)
1896. 5.13北海道鉄道敷設法発布、厚岸〜網走線、名寄〜網走線など決定
1896. 6.15広井勇、網走港修築調査に着手(11月完了し「網走築港調査図」作成)
1896.10. 4神田芳太郎『北見事情』発刊
1896.この年、網走郵便局で小包郵便取扱開始
1896.寺永法専師、自坊にて免囚保護事業を始める(40年寺永慈恵院と改める)
1896.吉田甚松、最寄村レブンシリ(嘉多山)で水稲の試作に成功
明治30年(1897)
1897. 1.11網走尋常小学校大曲分校開校
1897. 2.札幌〜網走間に電信回線架設
1897. 4. 網走税務署、民家を借りあげて開庁、4郡を管轄
1897. 5. 2北光社移民団網走港に上陸、野付牛村の北光社農場へ向かう
1897. 5.31北海道集治監網走分監閉鎖
1897. 6. 2屯田兵の第1陣、船便で網走港に到着、入地する野付牛村に向かう(31年まで5便入港、597戸・1,248人)
1897.11. 5郡役所を廃し、北海道庁網走支庁など19支庁設置、北見町ほか8村の戸長事務兼掌継続(12月初代網走支庁長岡次郎太郎着任)
明治31年(1898)
1898. 3.根室銀行網走支店開設
1898. 8.北海道集治監網走分監再開(10月廃監)
1898. 9. 86日から全道に豪雨、網走郡で141ミリに達し網走支庁管内で浸水家屋1,594戸、流失潰屋215戸、溺死23人、畑被害1,700町歩など被害甚大
1898.12.貴田国平、単身上京して網走港修築を国会に請願
明治32年(1899)
1899. 2.  根室地方裁判所登記所を廃し、北見登記所は同北見出張所と改める
1899. 3. 2北海道旧土人保護法公布(4月施行)
1899. 4.小樽〜網走間道庁補助定期航路開設
1899. 7.14広井勇「網走港湾設計報文(改補)」上申
1899.10. 6網走築港期成会(会長高田源蔵)を結成、築港・鉄道の速成を上京運動
1899.12.28貴田国平『網走港』発刊
1899.この年、吉田登一が北見町南通で写真館開業
明治33年(1900)
1900. 1.11網走築港期成会、広井勇著『網走港修築意見書』発刊
1900. 7. 網走支庁から戸長事務を分離して北見町外八ヶ村戸長役場開設(8月佐藤信吉戸長に就任)
1900.10. 網走、常呂、紋別各郡連合して北見鉄道速成期成会結成、北見町に本部をおいて上京運動
1900.10. 網走外三郡農会設立
1900.10  網走〜根室間道庁命令定期航路開設
1900.11.網走外三郡物産品評会、北見町で開催
1900.12.北海道拓殖10年計画国会で可決(34年4月施行、網走・常呂・湧別各河川の治水事業費は計上されたが築港事業費は削除)
明治34年(1901)
1901. 2. 1根室区裁判所北見裁判所を網走区裁判所と改める(紋別はその出張所となる)
1901. 4. 1大曲尋常小学校開校
1901. 4. 藤野支店の別棟座敷(迎賓館)を戸長役場として使用(35年町公会堂となる)
1901. 8.10第1回道会議員選挙執行、網走支庁管内で高野留五郎・原鉄二郎が当選
1901. このころ、貴田国平網走活版所開業
1901. 9. 93日から長雨、網走郡で109ミリ、網走支庁管内では2,472町歩浸水流失など被害甚大
1901.10. 1北海道集治監網走分監再開
1901.10.小樽〜網走間の道庁補助定期航路を稚内〜網走間に分割
1901.この年、道庁国費工事課網走派出所、網走支庁舎内に開設(39年網走土木派出所)
明治35年(1902)
1902. 4. 1全道62町村にはじめて2級町村制施行、北見町・網走村・勇仁村を網走町、能取村・最寄村は能取村、藻琴村・娜寄村・涛沸村・新栗履村を藻琴村とし、旧町村名は大字として残す。また、1町2村が設立した組合役場(網走町外二ヶ村組合役場)を大字北見町におき、初代組合長に佐藤信吉任命
1902. 4. 1貴田国平『網走週報』創刊(38『北見新聞』と改題)
1902. 4.28網走産牛馬組合設置認可(38年網走外三郡産牛馬組合と改める)
1902. 5.27第1回町村会議員選挙
1902. 6.組合役場、大字北見町南通3丁目に新築
1902.この年、シレト岬を迂回するポンモイ道路開さく
明治36年(1903)
1903. 1. 4前日からの暴風、北見国沿岸高波となり被害甚大
1903. 4. 1網走町外二ヶ村組合長に金田虎吉任命
1903. 9.網走支庁内に林務課員出張所開設(41年網走営林区署)
明治37年(1904)
1904. 2. 9日露戦争勃発
1904. 2.23網走監獄の囚徒16名脱獄し、うち2名行方不明
1904. 3.網走・根室・釧路・十勝各支庁管内から柳田藤吉衆議院議員に当選
明治38年(1905)
1905. 5.17藻琴村大字涛沸の山田製軸分工場全焼、損害額3万円
1905. 9.日露戦争終結(網走町ほか2村出身戦没者8名)
1905.12.高田源蔵、発音器を初試聴(網走町に蓄音機お目見え)
明治39年(1906)
1906. 1.21私設網走図書従覧所開設(40年日露戦役紀念私立網走図書館と改め、41年独立館舎新築)
1906.山田製軸工場、山県勇三郎に譲渡
1906. 7.13北海道庁『北海道流氷調査報文』発刊
明治40年(1907)
1907. 6.網走町外二ヶ村組合長佐藤信吉再任
明治41年(1908)
1908. 4.14北海道国有未開地処分法改正公布(7月施行)
1908. 8.14ご神体を広島県厳島神社から分霊してニクル(桂町)に網走神社創祀
1908.この年10月、大字網走村クルマトマナイに小亀利三郎、11月大字最寄村ピットカリに本間寅作が製材工場創業
明治42年(1909)
1909. 4.15網走監獄全焼(45年復旧)
1909.この年、大字網走村大曲〜呼人間の湖岸道路開さく工事に着手。また、網走町に網走支庁管内初の自転車3台お目見え
明治43年(1910)
1910. 3.10北海道15年経営案(第1期拓殖計画)議決、網走港288万円で修築決定、町中提灯行列など祝賀行事
1910. 4. 稲垣吉慎、大字北見町に私立北見女学校創立(44年桂ヶ岡に校舎新築、45年幼稚園併設)
1910. 4. 志賀直哉、雑誌『白樺』創刊号に「網走まで」発表
1910.この年、松崎豪『北見実業新聞』創刊(のち『日東新報』と改題)。また、クルマトマナイの造園工事で応永の年号のある板碑発見。白井仁太郎、醸造店創業
明治44年(1911)
1911. 9.池田〜野付牛間に鉄道開通
明治45年(1912)
1911. 4. 貴田国平『北見の富源』発刊
1911. 5.16網走漁業会設立

江戸時代←明治時代→大正時代

index キーワード検索